劇団ミュージシャンチームの紹介(逐次更新中!!)
村井宏樹(パーカッション団長)

担当:ジェンベ!劇団音楽部門リーダー!
1974年
福岡県宗像市生まれ。
幼少時はお絵かきと粘土、ビートルズのレコード鑑賞、ウルトラマンごっこに熱中した記憶あり。
好きなものはライオン、そして「アフリカの星」という名前の英王室所蔵のダイヤモンドの写真がお気に入りだったらしい。
10代では邦楽歌謡曲に大いに興味を示すも、シャイでバンド活動等は一切せず。
学生時代、ダンスサークルに心惹かれるも、やはりシャイで門を叩けず。
溜まりに溜まった「表現」への思いが解き放たれたのは、幼少時以来遠ざかっていた「アフリカ」にフランスで出会ってから…。
1997年
フランス留学中にジェンベと出会い、帰国後オーガニックミュージックユニット『 ばく 』(葉山/神奈川)のパーカッショニストとして音楽活動を開始する。
1998年
来日ツアー中だった"キング・オブ・マンディング"ママディ・ケイタ氏に出会い同氏に師事、本格的にジェンベを学び始める。東京でユール・ジャバテ氏、マムドゥ・ジャバテ氏、砂川正和氏のワークショップに通い西アフリカの伝統音楽や文化を学ぶ。
2000年
WalkTalk(東京)主催の西アフリカ・ワークショップツアー参加後、セネガル国立舞踊団『 シノメウ 』のソリスト、 ンジャセ・ニャン氏宅に居候しながら指導を受ける。
帰国後『 MANDENFOLI 』(東京)に加入。『African Groove』(東京)のイベントなどでも演奏。
2001年
ママディ・ケイタ氏のギニア・ワークショップに参加後、同氏主宰のパーカッションスクール『 Tam Tam Manding (タムタムマンディング) 』ベルギー本校に入学。学期末発表会でファイナルソリストを務める。
帰国後『 FOLIKAN 』(福岡)に加入する。
2002年
『 アフリカの智慧プロジェクト/WalkTalk 』ワークショップ、コンサートに参加。
2003、2005年
シディキ・カマラ氏のマリ・ワークショップに参加。
2005年
『 Makouta Makouta 』ワークショップ、コンサートに参加。
2006年
福岡発アフリカンミュージカル『 劇団アフリカ 』パーカッション団長に就任。
2007年
ママディ・ケイタ氏のギニア・ワークショップに参加後、Tam Tam Manding公認インストラクター資格取得。
同氏の10枚目のアルバムのレコーディングにも参加する。
『 アフリカ塾 』『 Silent Waves 』でも引き続き活動中。
また福岡を中心に各地で『 ヒロキのジェンベ教室 』を主宰、様々なアフリカンダンスクラスをサポートするなどして、精力的にジェンベ、西アフリカ伝統芸能の魅力を広めている。
「LOVE DJEMBE☆LOVE AFRICA☆LOVE FUKUOKA☆」
K5(ABC代表)

1974年
東京都生まれ。5歳から6歳の間バイオリンを経て、エレキギターをはじめる。
1998年
ジェンベと出会い、活動開始。
1999年
セネガル・ギニアで修行後、FOLIKANのメンバーとして活動。
同年12月よりギニアで行われた、ママディケイタ主催のワークショップに参加。
その後活動範囲は幅広く、ジャンル問わず、ロックバンドのパーカッショニストとしても活躍。
2003年
FOLIKAN脱退するが、ダンスクラスなどで演奏。
「うぉんがい!!」
あじ兄(みんなの兄ちゃん)

劇団アフリカでは、ギター・ボーカルもこなす頼れる存在。
1973年
山口県瀬戸内海沿いの小さな街で生まれる。
1980年
姉二人の影響でピアノとか習ってみる。が、あっという間にやめる。
1985年
ロックの雷に打ち抜かれる。が、何故かけん玉に熱中。
1987年
再びロックの雷に。姉の彼氏にエレキギターを貰い、コソコソ弾き始める。
1988年
友人と初のバンド(パンクバンド)を結成、曲等書き始める。
1992年
福岡に移動。ロックバンド「HERSHAM VOICE」を結成、Vo.Gを担当。
1997年
解散。荒れる。大学の先輩であるトミーと夜な夜な徘徊。
1998年
「YAAH!! BREAKERS!」を結成。Vo.Gを担当。1年で解散。またもや荒れる。
1999年
やっとジェンベと出会う。ロックユニット「Tommy&Aji」を結成。
毎年70本あまりのライブを行う。が、以後ユージマンと出会うまで独学にて叩く。
2001年
ロックバンド「ガソリン」を結成。Vo.Gを担当。
Tommy&Ajiも活動していた為、年間のライブ数が100本近くになる。
2003年
「ガソリン」解散。弾き語りなどしつつTommy&Ajiにて活動。
2005年
ドラマーであった親友が他界。一生を太鼓と共に過ごす事を誓い、先生を探していた所、
たまたまユージマンに出会い、感服し、師と仰ぐ。
2006年
劇団アフリカに入団♪big mama、Ciccaroll、one soul lovers、Maghreb-wind、呆けすとら等、
様々なバンドのパーカッションとしても活動中☆彡
2007年
ギニアに渡り、ジェンベの修行をする。
「ヤーマン!!LET'S ROCK AGAIN!!」
たかお(久留米の申し子)

1978年
福岡県久留米市生まれ。
10歳より地元津福八幡宮の氏子として和太鼓を始める。
その後、津福八幡太鼓のメンバーとなり、各地のイベントに出演。
1999年
ガーナ人ミュージシャン、へクターオマニとの出会いにより、アフリカンパーカッションの演奏活動を始める。同年FOLIKANに加入。
2001年
ベルギーに2ヶ月滞在。ママディケイタ、シディキカマラのクラスに参加する。
2002年
ギニアに2ヶ月滞在、いくつかの村をまわる。ナンサディケイタに出会い、師事。
2003〜2004年
再びギニアに2ヶ月滞在。ファムドゥコナテのワークショップに参加。
2005年
マリでシディキカマラのワークショップに参加。
「太鼓が好きで、ここまでやってきました。劇団でたたけるのがうれしいです。イェイ!」
こうせい(オーラル係)

熊本でジェンベと出会い、大学生仲間と「DjenbeKAN」を立ち上げる。
若さを過信し、原付居眠り自損事故。10代最後の夏を病院で過ごす。なんとママディケイタが病院に!
ありがたすぎてジェンベ道まっしぐら!
初アフリカはバマコへ。シディキカマラマリ節にカルチャーショック。
帰国後、ジェンベ仲間と「Coucou animee」を結成。ダンサーポーのダンスクラスで修行を重ねる。
あたたかい繋がりに導かれ、劇団アフリカでいい汗かかせて頂くことに♪
「はよ矯正とれんかなぁ」
安陪修司(マスター)

1998年
ママディケイタのライブをみて、ジェンベに出会う。ユウジマンディングに参加。
2000年
アフリカンパーカッショングループ「WOLOKONONDO」に参加。
2002年
Jun&K5の北九州ダンスクラスに参加
2004年
ギニアでファムドゥコナテのワークショップに参加
2005年
RUMIKOのアフリカンダンスクラスに参加。「八重山モンキー」にてバンド活動
2006年
劇団アフリカに参加
2007年
ギニアとマリに渡り、太鼓、メロディー楽器の修行をする。
「みんなに遅れないように着いていきます!」
やっちん(もっこす部長)

1984年
福岡県福岡市生まれ
熊本大学入学後、アフリカンパーカッションサークル「Djembe-KAN」に所属。四代目部長としてメンバーとともに九州各地で演奏活動を行う
部長引退後、単身ギニア共和国に渡りファムドゥ・コナテ氏とそのファミリーのもと、3ヶ月間現地の伝統音楽を学ぶ。
帰国後Djembe-KANとしての活動の一方で劇団アフリカに参加、福岡・熊本を中心として演奏活動などをおこなっている。
たか(赤い彗星)

1978年
大阪生まれ
2000年 12月
大阪のストリートでパーカッションと出会う。
2001年 2月
ストリートパフォーマーと一緒に福岡にわたる。
2001年 6月〜
ガーナ人の師からガーナのリズムを学ぶ。
2001年 10月
ミクスチャーバンド銀河生活にパーカッションとして入る。
バンドのパーカッションとして活動を続ける。
2005年 9月〜
フォリカンメンバーから伝統的なジェンベのリズムを学び始める。
2006年
劇団アフリカに参加
「★トラディショナルアフリカンの魅力にどっぷりはまり中!!★」
まる(^_^)

幼稚園は中太鼓→小学校は鼓笛隊(ピアニカ)→中学校はブラスバンド(クラリネット)
小〜中学まで一応ピアノを習ってた。それ以降は演奏するより聴く&裏方に徹する。
その後、ミュージカルにハマり20代半ばにしてTAP DANCEを始める。(遅っ!)
脚力強化の為、スポーツクラブ入会し、ついでにJAZZ DANCEもちょっとかじる。
数年後AFROBICS〜アフリカンダンスを始める。長いが上達してない…
衝撃を受け、ますますアフリカンにハマり、2001年6月よりついにジェンベも始める。
「アフリカンで癒されます&癒してあげちゃうぞ♪」
だいちゃん

「出会いが人生そして社会をつくる」という信念をもとに「青空企画」として10年程いろんなイベントを企画してきました。
そんな中でジェンベに出会い、そこからまた素晴らしい出会いをたくさんいただいております。
〜2004年
「悟空」というバンドを組んで作詞作曲ボーカルギターとしてライブハウスやイベントで演奏してました。
2004年 秋〜
急にジェンベが欲しくなり500円玉貯金を資金に購入。初めて触る打楽器に興奮。
2005年〜
三線奏者「海童」氏、オカリナユニット「カンターレフォレスタ」、雅楽団体「太宰府連雅会」、劇団GIGA主宰「菊澤将憲」氏等、様々なアーティストの活動に太鼓で参加させてもらい、数々のイベントに出演。
2006年〜
アジ氏が誘ってくれたFOLIKANメンバーによるワークショップに参加。
2007年〜
劇団アフリカに参加。
やっしー

以前から「アフリカいいな…」「太鼓やってみたい…」とぼんやり思い描いていたら、
2001年! 2つが融合された“アフリカンパーカッション”に出会ってしまった!!
まもなくアフリカンダンスも始め、現在もアフリカン生活続行中〜。
「歌うの好き、踊るのも好き、太鼓叩くのだーいすき!
…あとは上手になるだけばいっ。」
ユージマン(みんなの父)※特別出演

1972年宮崎県生まれ。
学生時代、ロック、ファンクのギター奏者として活動後、1995年、ニューヨークに渡米(留学)。
その後、民族音楽に魅せられ、1998年より、パーカッショニストとして活動開始。
福岡在住のジャズドラマー藤山英一郎率いるアフリカンパーカッションバンド"BIG NOISE ONE"で九州各地のライブハウス、祭、イベントや、小学校の国際交流などで演奏活動をはじめる。
1998年7月〜8月にかけ、「BIG NOISE ONE 西日本ツアー」のメンバーとして、ラティール・シー、ワガン・ンジャイローズなどと共に演奏。
1998年10月には、ピアニストの岩崎大輔の率いるバンドでBULE NOTE福岡に出演し、好評を博す。
その他、佐藤充彦(P)の”ランドゥーガ”や、元スターリンのボーカル遠藤ミチロウとのセッション、ボサノババンド、スカバンド等にも参加し活動中。
1999年8月、世界的なジェンベ奏者ママディ・ケイタの命名を受けたアフリカンバンド"FOLI KAN"で活動開始。
1999年12月〜2000年2月、西アフリカのギニアで行われたママディ・ケイタのワークショップで修行。
コテツ(しずおKAN)

1977年
静岡県富士で産声をあげる。
幼少より地元の祭りで太鼓を叩き、高校時代は吹奏楽部でパーカッションを経験。
2000年
ジャンベと出会い、静岡で行われた『バレエ アフリカ』日本公演を見て衝撃を受ける。
2004年
ギニアでのワークショップ『ドゥニヤマ』に参加し、ジャンベソリストのミカエル・バングーラをはじめとするボカジュニアのミュージシャンと生活を共にし、指導を受ける。
2005年
再度ギニアに渡り、巨匠ファムドゥ・コナテとパーカッショングループFANKABAのメンバーと村へ行き、生活を共にする。
現在は、アフリカンパーカッションバンド『アイニク』、『カニンカン』に所属し、静岡を中心に、各地で活躍中。
藤井よお(出歯バングーラ)

1978年 生まれ。
2000年 ジェンベと出会う。
2003年 カラモコ カマラとの出会いをきっかけにギニアへ行く。
その後、2004年、2005年、2007年とギニアへ渡りジェンベを学ぶ。
2005年 全国からのプロミュージシャンを集めた興業イベント『国産ジェンベ打サミット〜其の一〜』を企画する。
予想外の反響に応え、
2006年 『国産ジェンベ打サミット〜其の二〜』
2007年 『国産ジェンベ打サミット〜其の三〜』
と、現在でもその大人気イベントの舵を取っている。
現在、大阪で West African drums & dance group “HamanaH”で活躍。
イベントプロモーターとしての才能も発揮。
☆来たで!!来たで!!来たで、福岡☆
山下 正樹 (センチメンタルな破壊僧・)
Djembe(ジャンベ、ジェンベ)、パーッカッション奏者

1977年 北海道奈井江町の真宗大谷派の寺院に生まれる。
4度のアフリカ訪問の後、現在世界の音楽や宗教、人が求める普遍的な感情やそれに伴う自己の表現というものについて日々考える。
日本人のパーカッショニストとして各ジャンルや楽器、民族のパフォーマー、ミュージシャン達とのセッション活動、バンド活動をし日本中を走りまわる日々…。
高校生の頃より打楽器を札幌交響楽団主席ティンパニ奏者真貝裕司氏に師事。
パーカッショニストとしての基礎を学ぶ。
1996年 神奈川県、洗足学園大学音楽学部打楽器学科に進学。
岡田知之氏、白石元一郎氏、クリストファー・ハーディ各氏に師事。
クラシック、民俗音楽におけるパーカッションフォーマンスを学ぶ。
卒業後、関西に活動の場を移し、多くの在日アフリカ人ミュージシャンとのセッションやライブ活動を行う。
またインド、中国、カリブ海諸国、東アフリカの民俗音楽家達との共演や、ポピュラーミュージック、舞台芸術分野への楽曲提供、出演等、幅広い音楽活動を展開する。
国内での活動の傍ら、ギニア、セネガル等西アフリカ諸国を訪ね歩き、現地バレエ団の練習やパフォーマンスに参加する。
日本、アフリカでのそれらの活動はセネガル、マリ共和国などのメディアにもとりあげられ、現地でのテレビを通じても活動を紹介され、持ち前のキャラクターはセネガルのテレビCMに起用される。
また、シカゴで行われた『mid west band clinic2000』への打楽器奏者としての参加や、韓国で行われた『Nami Island international Children`s Book Festival』でのオープニングコンサートへの参加など、海外公演も行っている。
国内でのバンド活動としては『west african drums & dance group hamanah』 『フォレサクレ』『ダールサラム』『世green界』『Ari☆Bonbon』『虚弱体質』『健康家族』等がある。
『Masakiぱーかっしょん教室』を主催。
現在関西を拠点に日本各地でワークッショップ、後進の指導にもあたっている。
『道産子で〜す!!やるっきゃねーべや!!ワンライ!!』
YUSUKE(アフロホスト)

1980年9月に岐阜県で生まれる。
20歳で名古屋に移住。
パラパラを始める。
22歳でジェンベに出逢う。
アフリカンダンスも始める。
Sabunyuma名古屋(サブニュマ名古屋)を結成。
ギニアでのワークショップ
2006年 DUNIYAH ツアーに参加。
2007年 再度ギニアに渡る。
現在に至る。
さあ、お酒を飲もう!!
永見行崇(なぞの宇宙人)
1972年生まれ。
鍵盤奏者(ピアノ、ハモンドオルガン)でありながら、「サバール」をはじめとする様々な打楽器もプレイする稀有なプレイヤーである。
1998年 NYにてピアノをBarryHarris氏に師事。
1999年 セネガルにてサバール(打楽器)をDoudou Ndiaye Rose氏とその一族に師事。
2000年 NYのボーカリスト、クリブ・ダグラス氏と共にBLUE NOTE福岡で公演。
2001年 4月から2年間に渡り劇団四季主宰のミュージカル「ライオンキング」に出演。
2004年 韓国EBSテレビ「ASIA MUSIC FESTIVAL」に出演。
2005年 愛・地球博「地球市民村」オープニングコンサートに出演。
自己のグループ、ソロピアノ等で活動する他、ピアノの即興演奏による書道家、タップダンス、ヨガとのコラボレーション等、様々な分野のアーティストと共演している。
日本的な情景を映し出す幻想的な旋律、独特な“間”と優しい響きに満ちたプレイは多方面で高い評価を受けている。
「★*♪%#&”!□◎☆/。・?<!#$’☆」
http://nagamiyukitaka.com/
モト(ドゥンドゥンバ実行委員長)

1995〜1996年
大学を休学し、北米、中米、南米を旅する。
その中で、アフリカ系の人々の音楽に触れ、惹かれ、彼らがやってきたアフリカ大陸を見たい!と思い、ブラジルからセネガルへと渡る。そこで出会った音楽や文化に完全にやられる。
ママアフリカのメンバーに10日ほどジェンベを習って帰国。学生に戻る。
2年後、卒業するも就職先も見つからず、途方に暮れて再びアフリカへ、4ヶ月程ダカールでホームステイしながら、タマやジェンベなどを学ぶ。
帰ってきた年の12月、今度はギニアへ旅立つ。
ママディケイタのワークショップに参加した後、縁あって内陸部の森の奥にある小さな村でしばらく暮らしながらジェンベや言葉や文化を少しずつ学ぶ。
2001年
FOLIKANに参加。
2006年
劇団アフリカに参加。
なかやん(フーレマスター)

1978年
福岡県鞍手町生まれ。
中学時代、地元和太鼓南陵太鼓で演奏を始める。
高校時代より、ブレイクダンスをかじり始める。
アフリカンダンスのワークショップに参加したところ、アフリカンパーカッションの魅力に引き込まれ、ジェンベを始める。
その後、ダンスクラスの演奏やジェンベワークショップで腕を磨く。
2002年 12月
単身ファマドゥコナテのギニアワークショップに参加
2003年 12月から翌年1月
再びファマドゥコナテのギニアワークショップに参加。
2004年 初春
FOLIKANに参加。
2006年
劇団アフリカに参加。
「……」
ぽり〜ヌ(ソーイング係)

1984年 2月
長崎県生まれ
2005年 6月
大学主催のキャンプで、福大ジェンベサークルに出会う。
すぐにアフリカのリズムに魅了され、サークル活動を始める。
ちょっと遅れて、アフリカンダンスも始める。
2006年 4月
劇団アフリカに参加。
2006年 11月
福大ジェンベサークル引退。
現在、2007年12月に向け、アフリカ修行計画を立て始める。
「アフリカンパンツの補正はいつでもどうぞ!」
ちんねん(アフリカンレールウェイ)

2001年
ジェンベと出会い、北九州で活動をはじめる。
その後数々のイベントに出演。
福岡のダンスクラスで修行しながらも、北九州でも活動。まもなく結婚する28歳
「ただいま家を建ててます。遊びにきてね☆」
SHIGERU(愛のメモリー部長)

2005年 8月
FOLIKANのライブをみて衝撃を受けジェンベを購入。その後北九州で活動をはじめる。
2005年 12月
東京「Makouta Makouta」ワークショップに参加。
2006年
劇団アフリカに参加。
「みなさんに感謝☆感謝☆」

担当:ジェンベ!劇団音楽部門リーダー!
1974年
福岡県宗像市生まれ。
幼少時はお絵かきと粘土、ビートルズのレコード鑑賞、ウルトラマンごっこに熱中した記憶あり。
好きなものはライオン、そして「アフリカの星」という名前の英王室所蔵のダイヤモンドの写真がお気に入りだったらしい。
10代では邦楽歌謡曲に大いに興味を示すも、シャイでバンド活動等は一切せず。
学生時代、ダンスサークルに心惹かれるも、やはりシャイで門を叩けず。
溜まりに溜まった「表現」への思いが解き放たれたのは、幼少時以来遠ざかっていた「アフリカ」にフランスで出会ってから…。
1997年
フランス留学中にジェンベと出会い、帰国後オーガニックミュージックユニット『 ばく 』(葉山/神奈川)のパーカッショニストとして音楽活動を開始する。
1998年
来日ツアー中だった"キング・オブ・マンディング"ママディ・ケイタ氏に出会い同氏に師事、本格的にジェンベを学び始める。東京でユール・ジャバテ氏、マムドゥ・ジャバテ氏、砂川正和氏のワークショップに通い西アフリカの伝統音楽や文化を学ぶ。
2000年
WalkTalk(東京)主催の西アフリカ・ワークショップツアー参加後、セネガル国立舞踊団『 シノメウ 』のソリスト、 ンジャセ・ニャン氏宅に居候しながら指導を受ける。
帰国後『 MANDENFOLI 』(東京)に加入。『African Groove』(東京)のイベントなどでも演奏。
2001年
ママディ・ケイタ氏のギニア・ワークショップに参加後、同氏主宰のパーカッションスクール『 Tam Tam Manding (タムタムマンディング) 』ベルギー本校に入学。学期末発表会でファイナルソリストを務める。
帰国後『 FOLIKAN 』(福岡)に加入する。
2002年
『 アフリカの智慧プロジェクト/WalkTalk 』ワークショップ、コンサートに参加。
2003、2005年
シディキ・カマラ氏のマリ・ワークショップに参加。
2005年
『 Makouta Makouta 』ワークショップ、コンサートに参加。
2006年
福岡発アフリカンミュージカル『 劇団アフリカ 』パーカッション団長に就任。
2007年
ママディ・ケイタ氏のギニア・ワークショップに参加後、Tam Tam Manding公認インストラクター資格取得。
同氏の10枚目のアルバムのレコーディングにも参加する。
『 アフリカ塾 』『 Silent Waves 』でも引き続き活動中。
また福岡を中心に各地で『 ヒロキのジェンベ教室 』を主宰、様々なアフリカンダンスクラスをサポートするなどして、精力的にジェンベ、西アフリカ伝統芸能の魅力を広めている。
「LOVE DJEMBE☆LOVE AFRICA☆LOVE FUKUOKA☆」
K5(ABC代表)

1974年
東京都生まれ。5歳から6歳の間バイオリンを経て、エレキギターをはじめる。
1998年
ジェンベと出会い、活動開始。
1999年
セネガル・ギニアで修行後、FOLIKANのメンバーとして活動。
同年12月よりギニアで行われた、ママディケイタ主催のワークショップに参加。
その後活動範囲は幅広く、ジャンル問わず、ロックバンドのパーカッショニストとしても活躍。
2003年
FOLIKAN脱退するが、ダンスクラスなどで演奏。
「うぉんがい!!」
あじ兄(みんなの兄ちゃん)

劇団アフリカでは、ギター・ボーカルもこなす頼れる存在。
1973年
山口県瀬戸内海沿いの小さな街で生まれる。
1980年
姉二人の影響でピアノとか習ってみる。が、あっという間にやめる。
1985年
ロックの雷に打ち抜かれる。が、何故かけん玉に熱中。
1987年
再びロックの雷に。姉の彼氏にエレキギターを貰い、コソコソ弾き始める。
1988年
友人と初のバンド(パンクバンド)を結成、曲等書き始める。
1992年
福岡に移動。ロックバンド「HERSHAM VOICE」を結成、Vo.Gを担当。
1997年
解散。荒れる。大学の先輩であるトミーと夜な夜な徘徊。
1998年
「YAAH!! BREAKERS!」を結成。Vo.Gを担当。1年で解散。またもや荒れる。
1999年
やっとジェンベと出会う。ロックユニット「Tommy&Aji」を結成。
毎年70本あまりのライブを行う。が、以後ユージマンと出会うまで独学にて叩く。
2001年
ロックバンド「ガソリン」を結成。Vo.Gを担当。
Tommy&Ajiも活動していた為、年間のライブ数が100本近くになる。
2003年
「ガソリン」解散。弾き語りなどしつつTommy&Ajiにて活動。
2005年
ドラマーであった親友が他界。一生を太鼓と共に過ごす事を誓い、先生を探していた所、
たまたまユージマンに出会い、感服し、師と仰ぐ。
2006年
劇団アフリカに入団♪big mama、Ciccaroll、one soul lovers、Maghreb-wind、呆けすとら等、
様々なバンドのパーカッションとしても活動中☆彡
2007年
ギニアに渡り、ジェンベの修行をする。
「ヤーマン!!LET'S ROCK AGAIN!!」
たかお(久留米の申し子)

1978年
福岡県久留米市生まれ。
10歳より地元津福八幡宮の氏子として和太鼓を始める。
その後、津福八幡太鼓のメンバーとなり、各地のイベントに出演。
1999年
ガーナ人ミュージシャン、へクターオマニとの出会いにより、アフリカンパーカッションの演奏活動を始める。同年FOLIKANに加入。
2001年
ベルギーに2ヶ月滞在。ママディケイタ、シディキカマラのクラスに参加する。
2002年
ギニアに2ヶ月滞在、いくつかの村をまわる。ナンサディケイタに出会い、師事。
2003〜2004年
再びギニアに2ヶ月滞在。ファムドゥコナテのワークショップに参加。
2005年
マリでシディキカマラのワークショップに参加。
「太鼓が好きで、ここまでやってきました。劇団でたたけるのがうれしいです。イェイ!」
こうせい(オーラル係)

熊本でジェンベと出会い、大学生仲間と「DjenbeKAN」を立ち上げる。
若さを過信し、原付居眠り自損事故。10代最後の夏を病院で過ごす。なんとママディケイタが病院に!
ありがたすぎてジェンベ道まっしぐら!
初アフリカはバマコへ。シディキカマラマリ節にカルチャーショック。
帰国後、ジェンベ仲間と「Coucou animee」を結成。ダンサーポーのダンスクラスで修行を重ねる。
あたたかい繋がりに導かれ、劇団アフリカでいい汗かかせて頂くことに♪
「はよ矯正とれんかなぁ」
安陪修司(マスター)

1998年
ママディケイタのライブをみて、ジェンベに出会う。ユウジマンディングに参加。
2000年
アフリカンパーカッショングループ「WOLOKONONDO」に参加。
2002年
Jun&K5の北九州ダンスクラスに参加
2004年
ギニアでファムドゥコナテのワークショップに参加
2005年
RUMIKOのアフリカンダンスクラスに参加。「八重山モンキー」にてバンド活動
2006年
劇団アフリカに参加
2007年
ギニアとマリに渡り、太鼓、メロディー楽器の修行をする。
「みんなに遅れないように着いていきます!」
やっちん(もっこす部長)

1984年
福岡県福岡市生まれ
熊本大学入学後、アフリカンパーカッションサークル「Djembe-KAN」に所属。四代目部長としてメンバーとともに九州各地で演奏活動を行う
部長引退後、単身ギニア共和国に渡りファムドゥ・コナテ氏とそのファミリーのもと、3ヶ月間現地の伝統音楽を学ぶ。
帰国後Djembe-KANとしての活動の一方で劇団アフリカに参加、福岡・熊本を中心として演奏活動などをおこなっている。
たか(赤い彗星)

1978年
大阪生まれ
2000年 12月
大阪のストリートでパーカッションと出会う。
2001年 2月
ストリートパフォーマーと一緒に福岡にわたる。
2001年 6月〜
ガーナ人の師からガーナのリズムを学ぶ。
2001年 10月
ミクスチャーバンド銀河生活にパーカッションとして入る。
バンドのパーカッションとして活動を続ける。
2005年 9月〜
フォリカンメンバーから伝統的なジェンベのリズムを学び始める。
2006年
劇団アフリカに参加
「★トラディショナルアフリカンの魅力にどっぷりはまり中!!★」
まる(^_^)

幼稚園は中太鼓→小学校は鼓笛隊(ピアニカ)→中学校はブラスバンド(クラリネット)
小〜中学まで一応ピアノを習ってた。それ以降は演奏するより聴く&裏方に徹する。
その後、ミュージカルにハマり20代半ばにしてTAP DANCEを始める。(遅っ!)
脚力強化の為、スポーツクラブ入会し、ついでにJAZZ DANCEもちょっとかじる。
数年後AFROBICS〜アフリカンダンスを始める。長いが上達してない…
衝撃を受け、ますますアフリカンにハマり、2001年6月よりついにジェンベも始める。
「アフリカンで癒されます&癒してあげちゃうぞ♪」
だいちゃん

「出会いが人生そして社会をつくる」という信念をもとに「青空企画」として10年程いろんなイベントを企画してきました。
そんな中でジェンベに出会い、そこからまた素晴らしい出会いをたくさんいただいております。
〜2004年
「悟空」というバンドを組んで作詞作曲ボーカルギターとしてライブハウスやイベントで演奏してました。
2004年 秋〜
急にジェンベが欲しくなり500円玉貯金を資金に購入。初めて触る打楽器に興奮。
2005年〜
三線奏者「海童」氏、オカリナユニット「カンターレフォレスタ」、雅楽団体「太宰府連雅会」、劇団GIGA主宰「菊澤将憲」氏等、様々なアーティストの活動に太鼓で参加させてもらい、数々のイベントに出演。
2006年〜
アジ氏が誘ってくれたFOLIKANメンバーによるワークショップに参加。
2007年〜
劇団アフリカに参加。
やっしー

以前から「アフリカいいな…」「太鼓やってみたい…」とぼんやり思い描いていたら、
2001年! 2つが融合された“アフリカンパーカッション”に出会ってしまった!!
まもなくアフリカンダンスも始め、現在もアフリカン生活続行中〜。
「歌うの好き、踊るのも好き、太鼓叩くのだーいすき!
…あとは上手になるだけばいっ。」
ユージマン(みんなの父)※特別出演

1972年宮崎県生まれ。
学生時代、ロック、ファンクのギター奏者として活動後、1995年、ニューヨークに渡米(留学)。
その後、民族音楽に魅せられ、1998年より、パーカッショニストとして活動開始。
福岡在住のジャズドラマー藤山英一郎率いるアフリカンパーカッションバンド"BIG NOISE ONE"で九州各地のライブハウス、祭、イベントや、小学校の国際交流などで演奏活動をはじめる。
1998年7月〜8月にかけ、「BIG NOISE ONE 西日本ツアー」のメンバーとして、ラティール・シー、ワガン・ンジャイローズなどと共に演奏。
1998年10月には、ピアニストの岩崎大輔の率いるバンドでBULE NOTE福岡に出演し、好評を博す。
その他、佐藤充彦(P)の”ランドゥーガ”や、元スターリンのボーカル遠藤ミチロウとのセッション、ボサノババンド、スカバンド等にも参加し活動中。
1999年8月、世界的なジェンベ奏者ママディ・ケイタの命名を受けたアフリカンバンド"FOLI KAN"で活動開始。
1999年12月〜2000年2月、西アフリカのギニアで行われたママディ・ケイタのワークショップで修行。
コテツ(しずおKAN)

1977年
静岡県富士で産声をあげる。
幼少より地元の祭りで太鼓を叩き、高校時代は吹奏楽部でパーカッションを経験。
2000年
ジャンベと出会い、静岡で行われた『バレエ アフリカ』日本公演を見て衝撃を受ける。
2004年
ギニアでのワークショップ『ドゥニヤマ』に参加し、ジャンベソリストのミカエル・バングーラをはじめとするボカジュニアのミュージシャンと生活を共にし、指導を受ける。
2005年
再度ギニアに渡り、巨匠ファムドゥ・コナテとパーカッショングループFANKABAのメンバーと村へ行き、生活を共にする。
現在は、アフリカンパーカッションバンド『アイニク』、『カニンカン』に所属し、静岡を中心に、各地で活躍中。
藤井よお(出歯バングーラ)

1978年 生まれ。
2000年 ジェンベと出会う。
2003年 カラモコ カマラとの出会いをきっかけにギニアへ行く。
その後、2004年、2005年、2007年とギニアへ渡りジェンベを学ぶ。
2005年 全国からのプロミュージシャンを集めた興業イベント『国産ジェンベ打サミット〜其の一〜』を企画する。
予想外の反響に応え、
2006年 『国産ジェンベ打サミット〜其の二〜』
2007年 『国産ジェンベ打サミット〜其の三〜』
と、現在でもその大人気イベントの舵を取っている。
現在、大阪で West African drums & dance group “HamanaH”で活躍。
イベントプロモーターとしての才能も発揮。
☆来たで!!来たで!!来たで、福岡☆
山下 正樹 (センチメンタルな破壊僧・)
Djembe(ジャンベ、ジェンベ)、パーッカッション奏者
1977年 北海道奈井江町の真宗大谷派の寺院に生まれる。
4度のアフリカ訪問の後、現在世界の音楽や宗教、人が求める普遍的な感情やそれに伴う自己の表現というものについて日々考える。
日本人のパーカッショニストとして各ジャンルや楽器、民族のパフォーマー、ミュージシャン達とのセッション活動、バンド活動をし日本中を走りまわる日々…。
高校生の頃より打楽器を札幌交響楽団主席ティンパニ奏者真貝裕司氏に師事。
パーカッショニストとしての基礎を学ぶ。
1996年 神奈川県、洗足学園大学音楽学部打楽器学科に進学。
岡田知之氏、白石元一郎氏、クリストファー・ハーディ各氏に師事。
クラシック、民俗音楽におけるパーカッションフォーマンスを学ぶ。
卒業後、関西に活動の場を移し、多くの在日アフリカ人ミュージシャンとのセッションやライブ活動を行う。
またインド、中国、カリブ海諸国、東アフリカの民俗音楽家達との共演や、ポピュラーミュージック、舞台芸術分野への楽曲提供、出演等、幅広い音楽活動を展開する。
国内での活動の傍ら、ギニア、セネガル等西アフリカ諸国を訪ね歩き、現地バレエ団の練習やパフォーマンスに参加する。
日本、アフリカでのそれらの活動はセネガル、マリ共和国などのメディアにもとりあげられ、現地でのテレビを通じても活動を紹介され、持ち前のキャラクターはセネガルのテレビCMに起用される。
また、シカゴで行われた『mid west band clinic2000』への打楽器奏者としての参加や、韓国で行われた『Nami Island international Children`s Book Festival』でのオープニングコンサートへの参加など、海外公演も行っている。
国内でのバンド活動としては『west african drums & dance group hamanah』 『フォレサクレ』『ダールサラム』『世green界』『Ari☆Bonbon』『虚弱体質』『健康家族』等がある。
『Masakiぱーかっしょん教室』を主催。
現在関西を拠点に日本各地でワークッショップ、後進の指導にもあたっている。
『道産子で〜す!!やるっきゃねーべや!!ワンライ!!』
YUSUKE(アフロホスト)

1980年9月に岐阜県で生まれる。
20歳で名古屋に移住。
パラパラを始める。
22歳でジェンベに出逢う。
アフリカンダンスも始める。
Sabunyuma名古屋(サブニュマ名古屋)を結成。
ギニアでのワークショップ
2006年 DUNIYAH ツアーに参加。
2007年 再度ギニアに渡る。
現在に至る。
さあ、お酒を飲もう!!
永見行崇(なぞの宇宙人)
鍵盤奏者(ピアノ、ハモンドオルガン)でありながら、「サバール」をはじめとする様々な打楽器もプレイする稀有なプレイヤーである。
1998年 NYにてピアノをBarryHarris氏に師事。
1999年 セネガルにてサバール(打楽器)をDoudou Ndiaye Rose氏とその一族に師事。
2000年 NYのボーカリスト、クリブ・ダグラス氏と共にBLUE NOTE福岡で公演。
2001年 4月から2年間に渡り劇団四季主宰のミュージカル「ライオンキング」に出演。
2004年 韓国EBSテレビ「ASIA MUSIC FESTIVAL」に出演。
2005年 愛・地球博「地球市民村」オープニングコンサートに出演。
自己のグループ、ソロピアノ等で活動する他、ピアノの即興演奏による書道家、タップダンス、ヨガとのコラボレーション等、様々な分野のアーティストと共演している。
日本的な情景を映し出す幻想的な旋律、独特な“間”と優しい響きに満ちたプレイは多方面で高い評価を受けている。
「★*♪%#&”!□◎☆/。・?<!#$’☆」
http://nagamiyukitaka.com/
モト(ドゥンドゥンバ実行委員長)

1995〜1996年
大学を休学し、北米、中米、南米を旅する。
その中で、アフリカ系の人々の音楽に触れ、惹かれ、彼らがやってきたアフリカ大陸を見たい!と思い、ブラジルからセネガルへと渡る。そこで出会った音楽や文化に完全にやられる。
ママアフリカのメンバーに10日ほどジェンベを習って帰国。学生に戻る。
2年後、卒業するも就職先も見つからず、途方に暮れて再びアフリカへ、4ヶ月程ダカールでホームステイしながら、タマやジェンベなどを学ぶ。
帰ってきた年の12月、今度はギニアへ旅立つ。
ママディケイタのワークショップに参加した後、縁あって内陸部の森の奥にある小さな村でしばらく暮らしながらジェンベや言葉や文化を少しずつ学ぶ。
2001年
FOLIKANに参加。
2006年
劇団アフリカに参加。
なかやん(フーレマスター)

1978年
福岡県鞍手町生まれ。
中学時代、地元和太鼓南陵太鼓で演奏を始める。
高校時代より、ブレイクダンスをかじり始める。
アフリカンダンスのワークショップに参加したところ、アフリカンパーカッションの魅力に引き込まれ、ジェンベを始める。
その後、ダンスクラスの演奏やジェンベワークショップで腕を磨く。
2002年 12月
単身ファマドゥコナテのギニアワークショップに参加
2003年 12月から翌年1月
再びファマドゥコナテのギニアワークショップに参加。
2004年 初春
FOLIKANに参加。
2006年
劇団アフリカに参加。
「……」
ぽり〜ヌ(ソーイング係)

1984年 2月
長崎県生まれ
2005年 6月
大学主催のキャンプで、福大ジェンベサークルに出会う。
すぐにアフリカのリズムに魅了され、サークル活動を始める。
ちょっと遅れて、アフリカンダンスも始める。
2006年 4月
劇団アフリカに参加。
2006年 11月
福大ジェンベサークル引退。
現在、2007年12月に向け、アフリカ修行計画を立て始める。
「アフリカンパンツの補正はいつでもどうぞ!」
ちんねん(アフリカンレールウェイ)

2001年
ジェンベと出会い、北九州で活動をはじめる。
その後数々のイベントに出演。
福岡のダンスクラスで修行しながらも、北九州でも活動。まもなく結婚する28歳
「ただいま家を建ててます。遊びにきてね☆」
SHIGERU(愛のメモリー部長)

2005年 8月
FOLIKANのライブをみて衝撃を受けジェンベを購入。その後北九州で活動をはじめる。
2005年 12月
東京「Makouta Makouta」ワークショップに参加。
2006年
劇団アフリカに参加。
「みなさんに感謝☆感謝☆」
